ハンニバル・ライジング

ハンニバル・ライジング 上巻 ハンニバル・ライジング 上巻

著者:トマス・ハリス
販売元:新潮社
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 実はトマス・ハリスは一通り(処女作ブラックサンデーのみ未読)読んでます。
 とはいえ、この人は「羊達の沈黙」「ハンニバル」「レッド・ドラゴン」といわゆる狂気の天才にして殺人鬼のハンニンバル・レクターを主軸に置いた作品しか執筆していないので、量はそんなに多くはないのですが。

 さて、今作ですが……。
 とりあえず、ハンニバル・レクター少年が、如何にして殺人鬼となったかという、いわゆるエピソードゼロ、というかたちのストーリーとなっています。 

 しかし、すっげー日本の話出て来るんですが。
 上巻の扉絵なんか、武蔵の水墨画だし。
 最初の殺人に日本刀使ったり、養母が日本人だったりと、なかなか数奇な設定。
 与謝野晶子とか引用するしな。
 訳者曰く、「日本人のためにかかれたよう」だと。
 確かに、これってアメリカ人とかどうやって理解すんだろ?

 下巻の解説で、訳者の考察を読む限りでは「如何にして西欧でキリスト教の思想に感化されず、殺人鬼であり食人嗜好のある怪物ハンニバル・レクターを生み出すかを思案した際、日本文化という、強い影響力を持ちながらも日常への宗教への影響が比較的薄いとされる日本文化を選んだのではないか」とのこと。

 それは確かに納得できるのだけれど、最初第二次大戦の後、数年しないうちの欧州で(差別される描写こそあれ)日本人が普通にいたりするのは時代考証的に大丈夫なんだろうかなぁ。
 養母のトコロ二いる日本人の女の子なんて「故郷のヒロシマが消えた」とか言ってるし……。しかも、この女の子あんまりストーリーに絡まないし……。作者が日本に一時的にかぶれて使いたがった感じがしなくもなし。

 他の物語は、実は案外普通で、戦時中に妹が、飢餓に襲われたリトアニアの対独主義者たちの「糧」にされてしまい、その復讐のために、という動機と、その上の殺人です。まあ殺し方は、相変わらず病院の献体層に沈めたり、復讐を果たした相手の頬肉を食ったりと素晴らしいまでにレクター博士なんですけど(余談ですが、かたきの認識票を事前に仕掛けたりする様は、ふと「装甲機兵ボトムズ外伝 メロウリンク」を彷彿とさせてなりません)。

 まあ、これも日本人の発想で、「仇討ち」が一般化していないらしい文化の方々が読むと新鮮かもしれませんが、日本の要素を多用している以外は、少々刺激として旧作に劣った感があります。レッド・ドラゴンの「竜の絵を食べて竜と一体化しようとする異常犯罪者」とかのほうが、インパクトは強かったですねー。
 また肝心の、如何にして人食を好むか、とか、あの狂気の犯罪思考を身につけるか、という「怪物」ハンニバル・レクターへスイッチする明確なポイントが見えにくいので、読む人にとっては少々消化不良かもしれません。恐らく答えは「まだない」か「物語に描かれてハンニバルが経験した全て」かどちらかなのですが、どっちにしてもはっきりしてないなぁ……。

 あとレクター博士にはやっぱり檻が似合うということを実感。
 なんとなく、ハンニバルが自由に動きすぎるために、どこかシーン転換をもてあましているような気がするんですよ。この作品。

 総評としては、要素はパンチがあるけど、物語自体は、普通の域、といったところ。ただ訳者も言ってますが「日本人向けなんじゃないのこれ?」という話なので、結構読みやすいし、その点での意外性もあります。ただ、つまるところ猟奇殺人の話なので、まあ、万人にはお薦めしません。

 しかし、僕が読むミステリー系ってこのシリーズがほぼ唯一か……?

・追記
 逆に考えれば「条件さえそろえば日本人(≒作品の解釈で行けば無神論者)はすべからく、ハンニバルになる可能性を持っている」ということも言いたいのかなぁ、と深読み。

・さらに追記
 しかし、読むのにかなり時間を要しました。
 最近仕事が緩和したというのに……。
 もうちょっとのゆとりはやはり贅沢かなぁ……。