人間合格

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 さて、急川さんからの借り物消化、第――何弾目だろう?

 ともかく、黒澤清ニンゲン合格』である。



 先のコメントどおり、確かにアンチ家族モノであった。



 主人公の豊(ゆたか)は、14才のときに自転車で事故に会い、十年もの間昏睡状態だった。

 しかし、奇跡的にその眠りから覚めたとき、父は宗教にはまり、母は離婚して店を持っており、妹は男と暮らしていて誰一人として家に居なかった。

 豊は、自分が14のとき家族で経営していたポニー牧場を復活させ、再び家族を再建しようとするのだが……。



 といったあらすじ。



 

 内容は――。

 とりあえず印象深かったのは、見立てが上手いということだった。



 かつての豊の家と土地は、父の友人である藤森という男が管理していた。

 で、その旧ポニー牧場の敷地には粗大ゴミが集められている(後に藤森は粗大ゴミの処理――不法投棄で銭を稼いでいることが判明する)のだが、その中で一本だけ突き刺さって抜くことができない支柱がある。豊はこれに、どこからか迷い込んだ馬を繋ぐ。これが豊がポニー牧場を再建する動機となる(しかし、結構周りが街であることを考えると、馬が急に迷い込んでくるのは不自然なのだが――?)。

 そして豊はポニー牧場を再建。敷地に柵をつくり、乗馬あそびなどができるようにしていく。

 それに伴って徐々にかつての家族達も集まってくる。

 しかし、父親が遠隔地で行方不明騒ぎを起こして、その後、集まりかけていた彼らは糸が切れたかのようにまたもとの場所に戻っていってしまう。それでも豊は、皆が帰ってくることを信じて牧場を続ける――のだが、過去事故で豊を昏睡に追い込んだ男が現れ、チェーンソーで牧場を破壊して回る。そこで豊は自分が過去にとらわれていたことを自覚し、自らがチェーンソーをもって自らの手で作り出した牧場を全て破壊してしまう。

 そして、最後に彼は藤森が再び運んできた粗大ゴミをまとめる手伝いをしていて、崩れてきた粗大ゴミの山に潰されて死んでしまう。



 ここにおける一本だけ抜けない支柱は間違いなく主人公の豊本人を指している。変化した家族=牧場の解体で、一つだけ以前の位置に刺さったまま抜けない支柱=10年前のままの豊なのだ。その杭に藤森が言った「抜けないな。まあ、こいつだけはあってもいいか」という台詞が象徴的だ。

 で、コレに馬を繋ぐということは=豊の過去のポニー牧場への執着を表し、柵が設けられるということが=家族という囲いを作りたいという現れ。で、最後にそれが豊本人によって壊されるというところが=自己満足な囲いからの脱却となるわけである。



 特に抜けない支柱は上手く、最後、すべてを破壊した翌日の昼のシーンで、その支柱が根元からへし折れている。

 そして、最後の最後、死んだ豊の出棺のシーンでは土地は完全にさら地になっており、支柱は跡すらも無くなっているのである。

 もちろん粗大ゴミの山とかも「壊れた跡」を象徴するものとして生きている。

 

 あと豊をはじめ、多くの人々がモノにぶつかったりぶつけられたりするシーンが多いのだが、これもなぜか空箱だったり、ゴミ袋だったり、なにかどこか変なものが多い。

 特に空箱。最後豊を死なせてしまう粗大ゴミも、空の冷蔵庫なのである。

 空の箱というのは、つまりやはり中身のない形骸化した家族の象徴だろう。



 

 しかし設定的にはちょっといろいろ気になる。

 藤森の羽振りのよさは廃棄物不法投棄仲介の理由付けが成されているが、ポニー牧場再建の費用がどこから出ているのかとか、家族が牧場に戻ってきている間、彼らは本業をどうしているのかとかよくわからない部分も多い。そのためところどころで理解に苦しむ部分がある。

 また、序盤はやや単調で説明不足過ぎ(それが面白さでもあるが)DVD裏面のあらすじがなければ、話を理解していくのが難しかったというのもある。



 しかし、細かい技巧はこれでもかというほど効いている。主人公豊の精神年齢14歳の部分が、しっかり演技に現れているのもポイント高し。





 あ、最後に。



 果たしてニンゲン合格の意味とは。

 自らの存在した意味に満足して、死ぬということ。

 ――なのだろうか……?