SWエピ6

 今度はTBSで『ジェダイの帰還』をやってました。

 本来は、ジェダイの“復讐”だったのですが、あとから帰還に変わったようで。副題の英文にリターンという単語があったので、その解釈の違いかと思われ。



 しかし、封切りと同時くらいに見に行った人にとっては、旧三部作と新三部作が、ここ二週間半の間に一挙にみれたことになります。ファンにはたまらない期間だったのではないでしょうか。

 かく言う僕も、日曜日放送されてたエピ5を見逃したのと、まだエピ3を見ていないことがありますが、4作は見たことになりますねー。いやー、満足。



 さて、今回のエピ6

 小学生くらいの頃に一度見ただけなので、大分記憶があやふやだったのですが、今回みて「あ、こんな話だったんだ」と、ようやく確認できました。やはり面白い。



 その一方で、全体の完結編としてはイマイチ物足りない感じもありました。ヨーダの死も、もう少し推しても良かったところだし、霊体となったオビ・ワンとの会話も、もう少し革新を突いてもよかった。

 あと、本当にハン・ソロとジャバ・ザ・ハットの絡みは、物語の進行に影響を与えてないなぁ。もちろん彼らは魅力的な話を作ってくれるのですが……。



 おそらく「旧三部作はSFとしての革新的作品として、その完結を目指して作られた。新三部作はスターウォーズシリーズという大作の続編として、その完結をめざし作られた」からなのでしょうけど。

 つまり、持っているテーマがそもそも違うからですね。これは制作年代も意図も違うので当たり前ですか。





 ……。

 さて、今回の作品で驚いたというか関心したのは、帝国の旗艦であるスター・デストロイヤーが沈むシーン。

 ブリッジに宇宙戦闘機が特攻するのが決め手になっています。  

 これをアメリカが作ったことに驚きです。



 特攻といえば旧日本軍における、よく言えば誉れ高く、破壊力もある攻撃であり、悪く言えば戦闘機とパイロットを潰し、人道的にも危うい愚策であるという認識の戦法であるはずです。

 これが是か非かは、ここでは言及しません。強いて言えば「是な時代があった」ということですが……。

 

 ともかく、それをアメリカの映画でやるとは。

 もちろん自己犠牲精神は多くの外国メディアで用いられる、ある意味世界共通の「散華の美」認識でもあります。ハリウッド映画などでも「ディープ・インパクト」やほとんど同じ内容の映画なのですが「アルマゲドン」などが、最近の最たる例でしょうか。



 しかし、今回出てきたのは戦闘機による特攻という、なまじ太平洋戦争の影響があるはずのものです。

 特にアメリカでは敬遠されているのではないかと思っていたのですが――ジョージ・ルーカスがねじ込んだんでしょうか。正直、ある程度多くの人に見られることが前提とされた、当時でも人気作であったスターウォーズの、しかも完結作に入れるとは……。





 だとしたら、彼はこの「宇宙戦闘機による戦艦への特攻」にどのような意味を持たせたかったのでしょうか?

 僕は興味をひかれてやみません。



 このシーンは、デス・スター2のバリアが壊れて、帝国軍と戦う同盟軍に勝機が見え出したときに行われたものでした。しかし、そのバリアが解かれる前にはかなり長期の戦いが繰り広げられ、同盟側は手持ちの戦闘機が大分少なくなっていたときです。

 ダメ押しの一撃で特攻、とはいささか過激ですが、有効な戦法ではあります……。

 

 ……。

 と、実はここまで書きながらひたすら考えていたのですが、ルーカスは「真に意味のある特攻」を書きたかったのではないかと。

 旧日本軍のやった特攻は、確かに破壊力はあったものの、艦にたどり着くまでに撃ち落とされたり、パイロットが操縦を誤って海面に墜落することがほとんどだったといいます。



 そして、なにより特攻をやることによって戦況が好転する戦況ではなかったという重要な事実があります。

 

 しかし、エピ6の状況はそうではなかった――。特攻がある程度意味を発揮する状況にあったわけです。



 ドラマだから、ご都合主義、といってしまえばそれだけですがねー。

 ただ、僕はエンターティメントのためだけに(本当に極めて悪い例ですが)地下鉄にサリンを撒く話を書く気にはなれません。

 そこに、何か主張性がなければ――クリエイターはそういった事柄を取り上げることはしないのでは、と考えてしまうわけです。